Rino's Tax Diary

「国際税務」とは、何でしょうか?

こんにちは。桜宮リノです。

私は東京都渋谷区で税理士法人を経営している代表税理士です。独立開業してから15年、会計業界に入って25年近くが経過しようとしています。開業以来ずっと外資系企業の経理担当者の方へちょっと得する耳より情報”Rino’s Tax Diary”をお届けしております。定期的に記事を更新できない時もありましたが、近年BEPSなど国際税務を取り巻く環境が年々変化してきていることから、国際税務の基本的な考え方などは残しつつ、古い情報は削除、新しい情報をご紹介していきたいと思います。

”Rino’s Tax Diary”は、次のような方を対象に企画、作成しております。
① 外資系企業の経理担当者で、自分ひとりで経理を担当しており、現在の顧問税理士は国際税務に詳しくないため、相談する方がいなくて困っている方
② 現在、申告業務はBig4に頼んでいるが、年一回の作業のため担当者との関係性が薄く、通常の取引から生じる質問ができない方

読者の皆様が物語の現場に立ち会っているかのような臨場感をもって読んでいただけるように、できるだけわかりやすく様々な事例をご紹介していきたいと思います。それでは早速、”Rino’s Tax Diary”の始まりです!

この小説に関するご意見・ご感想をお待ちしております。
(無断の、一部又は全部の引用及び転載は禁止いたします。)

発行者:坂下国際税理士法人

国際税務の各論点

第1話:租税条約届出書とは?

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「えっ、租税条約届出書をまだ出していないんですか?今月末に本社へロイヤリティの支払いをしますよね?すぐに出さないと源泉税が20.42%かかってしまいますよ。」思わず声が大きくなった。話している相手はフランス系のIT企業の経理課長の北条さんだ。
「フランスの親会社へロイヤリティを支払うという理解でよろしいでしょうか。」「はい、そのとおりです。」「本社は日本の株式を100%保有しているんですよね?それならば、租税条約届出書を出せば免税になりますので、すぐに租税条約届出書を提出しましょう。特典条項に関する付表と親会社の居住者証明、それにRoyalty Agreementを添付して出せば大丈夫です。とにかく急いで出しましょう!」

桜宮リノ。独立15年目の開業税理士。今日はBook reviewのためにクライアントの事務所に訪問している。毎年、夏の時期は申告作業も一段落し、毎月のBookkeepingやBook reviewといった作業が中心となる。リノのクライアントは外資系企業が多いので、租税条約等の国際税務に関する問題を取り扱うことが多い。

「租税条約届出書ってどこで手に入るんですか?」北条さんは経理についての一通りの知識があるが、最近外資系企業へ転職してきたばかりなので、租税条約関係は慣れていないらしい。
「国税庁のホームページからダウンロードできますよ。ちょっと一緒に見てみましょうか。」そう言いながらリノは自分のPCで国税庁のホームページを開いて北条さんへ見せた。「特典条項に関する付表もダウンロードできますよ。今回はロイヤリティの支払いなので、様式3と様式17(仏)が必要になります。」リノはそう言ってブランクフォームをプリントアウトした。
「すぐにフランスの本社へ連絡して、居住者証明を取るようにお願いしてくれますか?取るのに1か月くらい時間がかかるかも知れないので、急いで取ってもらわないと支払いに間に合わなくなってしまいますよ。あと、これは確認ですが、フランスの親会社は海外で上場していませんよね?」リノは続けた。
「はい。フランス本社はプライベートカンパニーなので上場していません。」
「それならば、特典条項に関する付表と居住者証明の提出は1年ごとに更新する必要がありますね。もし、上場していると3年ごとになるので、多少手数が省けるのですが・・・。あと、もしよろしければ、フランスに居住者証明書をとってもらうためのフォームもダウンロードできますよ。」リノはそう説明しながら、「仏国居住者に係る居住者証明書」も印刷した。
「フランス本社へ居住者証明書をとって送ってくださいとお願いしてすぐに通じればよいのですが、居住者証明書って何?みたいなことを聞かれたら、これをフランスへ送って、この紙に居住者であることをフランス当局に認証してもらうようにお願いすれば通じると思います。あと、租税条約届出書にフランス本社担当者のサインが必要なので、こちらも一緒に送って下さい。」
「はあ。大体わかりました。早速フランスへ連絡してみます。ちょっとやってみて行き詰ったらまた教えて下さい。」北条さんはちょっと自信がなさそうに言った。
「一度出せば概ね全体像がわかりますので、どうということはないのですが、慣れるまではちょっと大変かもしれませんね。でも、わからないことがあればいつでもおっしゃってください。それではそろそろ私は失礼しますね。」そう言いながら、リノは帰り支度を始めた。

第2話:租税条約に関する源泉徴収税額の還付請求

「あのぅ、先日話していた租税条約の件ですが・・・。」北条さんからの突然の電話だった。
「フランスの方で居住者証明書を取るのが時間かかるみたいで、支払日までに間に合わなそうなんです・・・。これってどうしたらいいですか?」
「えっ、そうなんですか~。本当はなんとか間に合わせてほしいんですけどね~。間に合わなければ、仕方がないですけど、支払日に20.42%源泉するしかないですね。」リノは残念そうに言った。
「20.42%もとられちゃうんですか。う~ん、これってすごいロスですね・・・困ったな・・・。」北条さんは一瞬言葉を失ってしまった。
「あ、でも最初は20.42%源泉して国に納めて頂くことになりますが、後付けで書類をそろえれば還付請求することはできますよ。」リノは慌てて付け足した。
「えっ、還付してもらえるんですか?」北条さんは怪訝そうだ。
「ええ。まずは間に合った場合と同様の書類、つまり租税条約届出書と特典条項に関する付表、居住者証明、Royalty Agreementをそろえて頂く必要があります。その他の書類としては、①租税条約に関する源泉徴収税額の還付請求書、②20.42%の源泉税を支払った時の源泉所得税の納付書、③フランスへロイヤリティーを支払った際の海外送金明細書をそろえて頂くことになります。①のブランクフォームは国税庁のホームページからダウンロードできますよ。あと、フランスに還付金を受け取りたい口座も聞く必要がありますね。」リノはかいつまんで説明した。
「後付けで出しても租税条約の適用を受けられるんですね。それならまだ良かった。ただ、そろえる書類が多そうですね。」
「確かにちょっと書類が多くて大変ですね。税務署も還付手続きとなると、色々資料を請求してきますからね。でも、資料さえちゃんとそろえれば、時間はちょっとかかりますが還付してもらえますよ。」リノは元気づけるように言った。
「還付請求をした後、どのくらいで還付してもらえるのですか。本社は届出書さえ出せばすぐに戻してもらえるのかと聞いてくると思います。」
「はっきりしたことは言えませんが、私の経験からすると資料を最初からきちんとそろえて出せば最短で1か月ぐらいで戻ってくる感じでしょうか。」
「わかりました。還付請求するとなると手間がかかりますので、できるだけ租税条約届出書を出してから支払うようにします。とにかくフランスに急ぐようにプッシュします。」北条さんはそう言ってそそくさと電話を切った。

第3話:本社付替え経費

今日は朝から電話が多い。リノは立て続けに鳴った電話に出ていたので、取りかかっている仕事がなかなか片付かない。今日は全然はかどらないな~と思いながら、リノはすっかり冷めてしまった紅茶に口をつけた。午前中に溜まったメールを見ていると桐田さんからのメールが目に留まった。桐田さんはフランス資本のソフトウェア開発を行っている日本子会社の管理部コントローラーだ。
「至急ご連絡ください。桐田」とメールの題名にある。早速メールを見ると「先ほど電話したのですが、お電話中のようでしたのでメールしました。本社の経費について教えて頂きたく。」としか書いていない。至急とあるので、リノはすぐに桐田さんへ電話をかけた。
「メールを見てくださったのですね。早速お電話をありがとうございます。」すぐに桐田さんが電話に出た。
「お世話になっております。先ほどは電話中ですみませんでした。本社の経費についてご相談とのことですが・・・。」リノは早速切り出す。
「ええ。実は急に昨日の夕方に本社から連絡が入りましてね、本社でうちのために仕事しているから本社の経費を負担してくれって言われたんですよ。これって大丈夫なんですか?」桐田さんが話し出した。
「なるほど。具体的に本社は子会社である御社のためにどのような仕事をされているんですか?」リノは聞いた。
「そうですね、例えば子会社から月次の報告を上げた後、毎月定例会議をやるのですが、経理面でいうと仕訳など細かい指示からファイナンス指導など色々ですね。うちとクライアント間の契約書なんかもすべて本社がチェックしていますので、管理部門のマネジメント全般といったところです。」
「なるほど。それで今回本社はどのような経費を御社へ付け替えたいと言っているのですか?」
「主に本社の管理部の人件費だと思いますよ。」
「ちなみに日本子会社のためにかかった経費かどうかはどうやって把握しているんですか?」
「そのあたりは本社で管理はきちんとしていて、社内のシステム上で、各人がタイムシートを作成しているみたいです。どこの子会社のためにどんな仕事を何時間作業したかタイムシートを見ると一目瞭然なんですよ。子会社ごとのコードでソートすると、すぐにうちのためにかかった経費が集計されるようになっているみたいです。日本だけじゃなく他の国の子会社にも経費を付け替えているみたいですからね。」
「へえ。それはすごいですね。」リノは驚いて言った。大会社ならともかく、本社が100人規模の会社の割にすごいシステムが入っているようだ。
「うちはシステム開発会社ですからね。こういったシステムを構築するのは得意分野ですよ。それがうちの飯の種ですからね。」桐田さんはちょっと得意そうにそう言った。
「本社から日本の子会社へ経費を付け替える場合、付替え金額に合理的な計算根拠があるかどうかが重要です。お話を伺った限り、本社が日本子会社のために費やした時間を集計できるようですので、問題なく行けそうな気がします。毎月御社の方でも本社からの付け替え経費の集計表を保管しておいた方が良いと思います。」とリノは説明した。
「それならば大丈夫だと思います。ありがとうございました。あっ、もうこんな時間だ。これからすぐに出かけなくちゃならないんです。すみません、ではこれで失礼します。」桐田さんはそう言って慌てて電話を切った。

第4話:本社に対する債権債務の相殺

お昼まであと30分ぐらいだ。暑くて外に出る気がしないな~と思いながらリノが作業していると、「ちょっと今いいですか?」といいながら増川さんがまたリノが作業している部屋に入ってきた。
「はい。どうぞ。」とリノは言ってメモを取り出した。
「先程伺った、親会社からの付替え費用の件とちょっと関連しているんですが、うちはグループ会社間でお互いに経費を立て替えるケースがよくあるんですよ。例えば、うちが台湾の親会社のために何か物を買って経費を支払うこともあれば、逆に台湾がうちのために立て替えて支払うこともあるんです。こういった経費はお互いに後で精算しますので、うちの帳簿にはとりあえずIntercompanyの未収入金と未払金が計上されているのはご存知ですよね。」増川さんは続ける。
「うちってそれとは別に台湾にロイヤリティを支払っているじゃないですか。今度、台湾にロイヤリティを支払う際に、同時にこのIntercompanyの未収入金と未払金も相殺したいんです。未払金が未収入金よりちょっと多くなるように相殺すると、差額をこっちが支払うことになるじゃないですか。その支払いをロイヤリティの支払いと同時にやりたいんですけど、いいですか?」ちょっとややこしい話だ。
「御社の場合、ロイヤリティの未払分はIntercompanyの買掛金勘定に計上していますよね?」そういいながら、リノは試算表を確認した。
「ええ。ロイヤリティの未払分は立替経費の未払分とは勘定科目を別にして管理しています。つまり、ロイヤリティの未払分は買掛金勘定、立替経費の未払分は未払金に計上しているということです。」
「それならば大丈夫ですよ。」リノは答えた。
「もし、ロイヤリティの未払分も立替経費の未払分も台湾の親会社に対するものだからと言って、勘定科目を一緒にしてしまうと、Intercompanyの未収入金と相殺した時に、ロイヤリティと立替経費のどちらをいくら相殺したのかわからなくなってしまいますよね。そうすると、相殺した分はすべてロイヤリティの支払いとみなされて全部に10%の源泉税がかかるリスクがあるんですよ。一見、相殺というと実際に支払っていないから関係ないように見えますけど、相殺により債務が消滅する=“支払い”に該当しますから注意する必要があるんですよね。」とリノは補足した。
「なるほど。じゃあ、うちの帳簿はちゃんとIntercompanyの買掛金と未払金に分けてあって正解ですね。」増川さんはほっとしたようだ。
「ええ。大正解です。過去に別の会社で今お話ししたようなことがあって、何の相殺なのかでちょっと問題になったことがあったんです。その会社は支払い先がアメリカだったので、租税条約を提出していたおかげで、最終的には免税で通せたのですが、御社の場合、台湾の租税協定でロイヤリティは免税になりませんから、こういう場合、相殺した金額について10%の源泉がかかってきてしまうから怖いですよね。」リノはおしゃべりなので、つい他のケースも話してしまう。
「ふむふむ。よかった。ありがとうございます。ではこれから支払いの手続きに入ろうかな。」そう言って増川さんは忙しそうに部屋を出て行った。

第5話:日本支店における申告期限の延長

午後からリノの事務所にドイツ系IT企業の日本支店の代表者である山崎さんが相談に来ている。この会社はここ1か月の間にリノの事務所に税務会計業務を依頼してくれたクライアントである。日本支店設置後まもない企業で、山崎さんも入社したばかりということもあり、日本支店の税務に関しては全く分からず手探りでやっている。最初なので概要を説明してほしいとのことだ。
「ところで、御社の決算は何月ですか?」リノは話題を変えた。
「12月ですよ。本社の決算期が12月なので、自動的にこちらも12月です。」山崎さんは続ける。
「あっそうそう、本社の方から日本支店の税務スケジュールがどうなっているか確認してくれと言われています。本支店間で経理上合算処理する必要があるからだと思いますが、私も外資系の日本支店の代表者になったばかりなので、どうやって進めていいかよくわからないんですよ。スケジュールを教えて頂けますか?」
「わかりました。因みに本社の決算は12月に帳簿を締めた後、いつ頃決算書が出来上がるのですか?」リノは聞いた。
「そうですね~。本社の方で内部の調整が色々とあるみたいで、本店の決算書が出るのはおそらく4月から5月頃じゃないかと思います。」
「そうなると、決算書が固まるのが事業年度終了後5月ぐらいということになりますので、支店の申告期限を3か月延長しましょう。本来、法人税と地方税の確定申告書は決算日後2か月以内に提出する必要があるのですが、本社の決算が固まらない等の理由がある場合、申告期限の延長申請をすることができるんです。本社の決算が5月に固まるのであれば、それにあわせて支店の申告をすることになりますので、3か月の延長申請をすることになります。」リノはメモにタイムテーブルを書きながら説明した。
「延長することによるペナルティとかは生じるのですか?」山崎さんはぬかりない。
「もし、5月までに何も支払わなかったら、支払利息に相当する利子税がかかります。利子税は税務上も損金に落とせますので、ペナルティと言うわけではありませんが、御社にとってみれば利子税の分だけ余計に支払う必要があります。利子税がかからないようにするには、見込納付と言って、法定申告期限つまり2月末までにあらかじめ税金を見込みで納めておく方法がありますよ。」
「もし、その見込みで納めた金額が、確定の金額と異なってしまったらどうするんですか?まあ、見込みって言うくらいですから、普通は確定額と異なると思うのですが。」
「もちろん、確定額が見込み納付の金額より多ければ差額を支払うことになります。その逆の場合、つまり確定額が見込み納付の金額より少なければちゃんと返してもらえますよ。ですから、どうしても利子税がつくのを避けたいのであれば、見込み納付の時に少し多めに支払っておく会社もあります。」リノは詳細に説明した。
「なるほど。見込み納付か・・・。それはいい方法ですね。おそらくその方法で行くと思います。」山崎さんはそう言いながら、自分の手帳に書き込んだ。

第6話:日本支店の均等割り

「あっそうだ、今期の税金は出ないという理解でよろしいんですよね?」山崎さんは思い出したように聞いてきた。
「えぇっと、今期は支店を設置して第1期ですよね。」リノは確認した。
「はい、そうです。登記したのは今年の1月20日だったかな。」山崎さんはそう言いながら、自分のカバンから登記簿謄本を取り出して会議室のテーブルの上に置いた。
「今期、つまり支店設置日の1月20日から決算日まで通算して赤字になりそうですか?決算は12月ですよね?」リノは聞いた。
「え~っと、そうですね~。この分だと今期は赤字になりそうですね。思ったより支店の登記とか設立準備に費用がかかってしまって。設立1期目ということもあって、売上も伸びていないんですよ。」
「そうですか・・・。赤字でも住民税の均等割りはかかりますが、法人税はかからないですね。あの、ちょっと謄本を見せて頂いていいですか?」リノはそう言いながらテーブルの上の謄本に手を伸ばした。
「本店の資本金はいくらかというと・・・えっ、80万ユーロもあるんですか?」リノは思わずびっくりして大きな声を出してしまった。
「ええ、そうだと思いますよ。本社は30人位いますからね。支店は私を入れても3人しかいないんですけどね。何かまずいですか?」
「う~ん、微妙ですね。御社のように日本支店の場合、本店と同一の企業体ですので、住民税の均等割りは本店の資本金の額と支店の従業員数に応じて課税されるんです。本店の資本金はユーロ建てなので期末レートで円換算して計算することになるんですけど、現在は1ユーロ120円ぐらいですから、円換算すると9,600万円ぐらいになりますよね。」リノは説明しながら電卓を叩いた。
「そうすると、資本金等の額が1千万円超~1億円以下で、従業員数が50人以下というカテゴリーに入りますので、年間18万円の均等割りがかかることになりますね。ただ、期末に向けて円安に動いて1ユーロ125円を超えると円換算して1億円を超えてしまいますよね。そうなると、均等割りのテーブルも年間29万円に上がってしまうし、外形標準課税も課税されることになります。」リノは山崎さんに均等割りのテーブルを見せながら説明した。
「外形標準課税ってなんですか?」山崎さんは初めて聞くような顔をした。
「簡単に言うと、事業税の一種で、会社が黒字、赤字に関係なく課税される税金です。事業税は所得に対して課税される部分(所得割)と給与や地代家賃の額、資本金の額に応じて課税される部分(外形標準課税)で構成されているのですが、外形標準課税は赤字でもかかる税金なので、資本金が1億円超になると税負担が大きくなりますね。つまり資本金が1億円超の赤字企業にとって大きな負担になります。」リノは残念そうに言った。
「つまり、期末のレート次第で税金が均等割の18万円ですむか、追加で外形標準課税がかかるか、大違いになるということですね。う~ん、こればかりはどっちに転ぶかわからないもんな~。」山崎さんはそういいながら天井を見上げた。

第7話:外国法人の源泉徴収の免除証明書_vol.1

丁度リノが昼食を取り終わった頃、不動産会社社長の栗山さんが事務所にやってきた。
「いよいよテナントが決まって家賃収入が入ってきますよ。ここまで長かったですからね~。」そう言いながら栗山さんは会議室のソファーに腰を下ろした。
「こんにちは。雨の中ご足労ありがとうございます。やっと収入が入ってくるのは喜びもひとしおですね。」リノは抱えてきた書類を机におきながら栗山さんの正面に座った。

栗山さんの会社は不動産管理業を行っている会社だ。もともとシンガポール法人が投資の一環として日本で事業用ビルを購入するために日本支店を開設、支店名義でビルを購入した。ただ、シンガポール法人が前面に立ってテナント募集をするのは困難だったため、シンガポール法人は栗山さんの会社へテナント募集から家賃の管理、修理などのメンテナンス業務全般を依頼している。テナントからの家賃は一旦、栗山さんの会社に入り、栗山さんの会社がとるべき業務委託料を差し引いた残りをシンガポール法人の日本支店へ送金するというフローで進めることが決まっている。

「来月分の家賃が今月末に入ってくる予定です。うちは手数料を引いてシンガポール法人の日本支店へ振り込めばいいんですよね。それも今月中に振り込んだ方がいいですよね。」
栗山さんは出された紅茶を飲みながら聞いてきた。
「家賃計算書は今月中に先方へ出した方が良いですが、支払いは翌月でもいいんじゃないですか。月末に家賃が入ってくる場合もありますし、慌てて支払うと間違えてしまう可能性もありますから、少し余裕をもって支払った方が良いかと思いますよ。」
リノは続ける。「そう言えば、以前にお話ししていた「外国法人に対する源泉徴収の免除証明書」はシンガポール法人から入手していますか?入手していないとシンガポール法人へ家賃を支払うときに源泉所得税がかかってしまいますよ。」
「えっ?!すみません、何のことか忘れていました・・・。」栗山さんはぽかんとした表情を浮かべたが、すぐに思い出したように「そういえばだいぶ前に源泉徴収が云々という話を聞いたような、聞かないような・・・。その書類ないとまずいですかね。」と続けた。
「ないよりあった方が絶対いいです。もし、免除証明書の交付を受けていないと御社の方で源泉徴収義務が発生しますよ。シンガポール法人の日本支店へ支払う時に20.42%の源泉所得税を控除する必要がありますよ。」リノは答えた。
栗山さんはしばらく考えて、「う~ん、困ったな。どうやってシンガポール法人へ説明したらよいか、まず私の頭を整理しないといけないですね。そもそもどうしてこんな面倒な書類手続きが必要なのですか。以前に説明して頂いたかもしれませんが、もう一度最初から説明して頂けますか。何度もすみません・・・。」と申し訳なさそうに言った。

第8話:外国法人の源泉徴収の免除証明書_vol.2

「承知しました。では最初から説明しますね。」リノは話し始めた。
「そもそもどうしてこのような制度、届出があるかご存知ですか?」
「いや、さっぱりわかりません。面倒なだけですよね。」栗山さんはすぐに答えた。

「では・・・」とリノは一呼吸して、「ある普通の日本の法人が不動産を所有していて、不動産管理会社へ家賃管理をお願いする場合で、管理会社が自分のところの手数料を差し引いた家賃を所有者である日本の法人へ支払う場合を考えてみましょう。不動産を所有している会社は、家賃収入について当然法人税の申告をしますが、管理会社から所有者へ支払う時に源泉所得税はかからないですよね。ところが、所有者が外国法人の日本支店になった途端、国内法に基づいて管理会社から所有者へ支払う家賃には源泉所得税が20.42%かかるとなると、外国法人にすごく不利になりませんか。不利ですよね。不動産所有している外国法人は、家賃収入について当然法人税の申告をしています。日本で同じ商売、テナント収入を得ているにもかかわらず、日本法人(内国法人)だったら源泉なし、外国法人だったら源泉ありという不公平感をなくすための手続きと考えるとわかりやすいかもしれません。」リノは丁寧に説明した。
リノは続ける。「外国法人にとってみたら、家賃収入について日本できちんと申告していることを前提として税務署に認めてもらい、支払時に源泉税を免除してもらう方向で動きたいと思いませんか。」
「確かにそうですね。誰だって源泉を取られたくないですもんね。」栗山さんは同意する。
「この源泉税を免除してもらう制度が、「外国法人に対する源泉徴収の免除証明書」という制度です。この免除証明書の交付を受けるには、シンガポール法人の日本支店が自分で税務署へ申請して取る必要があります。免除証明書を取った後は、その証明書を御社、すなわち不動産管理会社へ交付して、証明書があるから源泉徴収しないでくださいと依頼するためのものになります。」リノは一気に説明した。
「なるほど。理にかなっていると思います。」栗山さんは深くうなずきながら、「もし、シンガポール法人の日本支店が免除証明書を交付してくれなかったらどうなりますか?我々から彼らへ家賃を支払う際に源泉徴収する必要があるってことですよね。」と聞いてきた。
「その通りです。シンガポール法人の日本支店からしたら手取りが減ってしまうことになりますので、今の状況を説明したらすぐにアクションを取ると思いますよ。」リノは言った。
「状況はわかりました。ただ、シンガポール法人の日本支店の担当者は、私の知り合いなのですが、日本語があまり得意でない外国人なので、うまく伝えられるかどうか・・・・。」栗山さんは不安そうな表情を浮かべた。
「なるほど。それでは私の方からその担当者の方へ英語で説明しましょうか。もし、担当者の方の連絡先を教えて頂ければ、こちらで免除申請のお手伝いをしても構いませんよ。」リノは付け加えた。
「本当ですか?助かります。すぐにお知らせしますのでお願いします。」栗山さんは嬉しそうな顔をしてそそくさと携帯を取り出して連絡先を探し始めた。

外国法人日本支店における給与の源泉_vol.1

リノは朝から気が重い。というのも今日から2日間、源泉所得税の調査が入っており、リノは調査の立会をすることになっているからだ。今回の調査対象会社は、ドイツ系のIT企業の日本支店。日本には外国人が2、3人いるだけで、日本人は誰もいない。その外国人の従業員は全員SEなので、基本的には日本のお客様の所へ行って現地で仕事をしているため、ほとんど支店には常駐していない。そのため、秘書つきのレンタルオフィスを契約している。今日から2日間は調査官が来るので、レンタルオフィスの会議室を終日借りきってもらっている。
リノは調査の前日、事前の打ち合わせのためにクライアントの事務所へ行き、提出する資料をチェックしていた。一通りの確認作業を終えた後、リノはクライアントに一般的な税務調査の対応方法や調査開始直後に事業概要などを聞かれるので簡単に説明してほしい旨を伝えた。
そしていよいよ当日。調査官がやってきた。調査官は3名。気合いが入っていそうだ。調査中は日本支店の代表者である、ダニエルさんにも同席してもらうことになった。ダニエルさんはドイツ人で、日本支店の代表者と言っても日本語はほとんど話せない。そのため、事業概要を説明する時もいちいち通訳しなければならない。リノはできるだけ端的に通訳しながら、調査官の反応を伺っていた。
「こちらには外国人の方しかいらっしゃらないのですか?」早速調査官が聞いてきた。
「はい、そうです。」
「代表者が頻繁に変わっているようですね。前任者はどちらにいらっしゃるのですか?」
「後任者へ引き継いだ後は、本国に帰っていますけど。」
「なるほどね。事業内容はソフトウェアの開発作業ね。どこで作業しているのですか?」
「作業はほとんど日本のお客様の所でやっていますので、支店にはほとんど誰もいません。」
「そうですか。では早速資料を見てみましょう。各外国人について出入国日のリストを出してくれますか。」そういいながら書類に手をのばした。
「そうそう、こういった外国人の給与はどこから支払われているのですか?」調査官は付け足した。
「現在は、日本で給与計算して源泉所得税など把握しています。それを本店へ報告し、本店が外貨で各従業員へ支払っています。」リノはそう答えながら、給与計算を早々に日本に切り替えてもらって正解だったと思った。
「そうですか。では、資料の中身を見てみましょう。」そういいながら調査官たちは机の上に積み上がった書類をめくり始めた。うち一人は賃金台帳、うち一人は外国人の出入国履歴を穴があくほど見ている。
やはり来たか。なかなか手ごわそうだな。リノはじっと調査の動向を見守っていた。(次号へ続く)

第10話:外国法人日本支店における給与の源泉_vol.2

「給与計算は日本でやっているんですね。」調査官は念を押してきた。
「はい。先程説明したとおり、日本で給与計算して源泉所得税など把握しています。それを本店へ報告し、本店が外貨で各従業員へ支払っています。」リノは即座に答えた。
「じゃあ、みなし納付の規定には該当しないのか・・・。」調査官は残念そうだ。
「ええ。そのあたりはちゃんと注意していますから。」リノは毅然と言った。

夕方5時。調査官が帰った後、クライアントにどの点が問題になったのかを説明した。
「日本支店の場合、本店と同一の会社なので、現地子会社の場合と取り扱いが異なるケースがあるんです。」リノはきりだした。
「従業員が日本で働いてその対価として給与をもらった場合、国内源泉所得に該当しますので、日本で課税されます。そして、その給与が海外払い、つまり本店から従業員に支払われる場合でも、その支払いは日本支店が行ったものとみなされるので、日本でその給与について源泉する必要があるんですよ。」
ダニエルさんはちょっと怪訝そうだ。
リノは自分の英語の説明がわかりにくかったのかなと思いながら、図を描いて補足した。
「つまり、日本支店があるというだけで、給与がどこから支払われようが日本で源泉しないと問題になる、ということなんです。御社の場合、早い段階で給与計算を日本に切り替えましたので、こちらで給与計算する際に源泉税を計算して納付していますよね。だから今回の調査では問題にならなかったんです。これがもし、給与計算を本店でやっていて、本店から従業員へ給与を直接支払って、日本支店側にいつ払ったのか何の連絡もなかったら、日本で源泉税をとることはできないですよね。そうなると、日本支店として源泉徴収もれになってしまって問題になるところだったんですよ。」
「ちょっと待ってください。質問してもいいですか。」ダニエルさんがリノの説明を止めた。ダニエルさんは続ける。
「でも、その給与をもらった従業員が日本で確定申告すればいいんじゃない?源泉をとられなかった分、確定申告する時にその分だけ税金が多くなるから。」
「最終的には、給与に対する税金は同じになりますが、法律上、本店が支払った時に日本側で源泉徴収しなければならないと決まっているんです。ちょっとわかりにくい規定なのですが。だから、給与計算を日本でやっていたのがよかったんです。」リノは答えた。
「ふうん、OK。わかった。じゃあ結論としては、うちの処理は正しかったから問題ないってことだね。」ダニエルさんは結論付けた。
「そういうことです。こういう問題は外国法人の日本支店に起こりうる問題です。現地子会社だったらこういう問題は生じないんですよ。」
「なんだか複雑なんだね。」ダニエルさんも、ちょっとほっとしたようだった。

第11話:外国法人日本支店が納税管理人を選任する場合

「あの~、実はこの度支店を閉鎖することになりまして、ご相談があるんです。」
今日、リノはアメリカ系のコンサルティング会社にお邪魔している。駿河さんは、そのコンサルティング会社の日本支店を切り盛りしているベテランだ。
「えっ、そうなんですか。それはまた突然ですね。どうして閉鎖になってしまうのですか?」リノは驚いて聞いた。
「実はアジアの統括会社がシンガポールにあるんですけど、今後は日本のビジネスはシンガポールに集約されることになり、事業所自体を残しておいても仕方がないということで閉鎖の決定が出たのです。つい2、3日前の話です。あまりにも急なので、どうしたらよいのかわからずご相談した次第です。」駿河さんは残念そうな顔をして説明してくれた。
「そうなんですか・・・。近頃、外資系企業の動向としてシンガポールや香港のアジア統括会社に日本の管理部の機能を移したり、特定の事業部全体を移して日本での事業をリストラする傾向が見られるようになりましたね。それにしても、事業所の廃止はちょっと残念ですね。」リノはショックを隠しきれない。
「今後の税務手続きの予定はどうなるのですか。」駿河さんが聞いた。
「ちなみに支店の閉鎖日はいつですか?」
「今月末の9月30日になります。」駿河さんはすぐに答えた。
「そうなると、納税管理人を定めないと支店閉鎖日までに申告する必要がありますね。つまり、9月30日に支店閉鎖して9月30日までに申告することになるのですが、実務的に難しいので、通常は納税管理人を選任するのが一般的です。今から納税管理人の選任届を出すと廃止日の翌日から2か月以内の申告になり、11月末が申告期限になりますので、時間ができますよね。」リノは図を書きながら説明した。
「その選任届というのは、いつ出すのですか?」駿河さんが追加で質問した。
「閉鎖日の前に提出する必要がありますので、今からすぐに提出した方がいいですね。こちらで作成しましょうか?」リノは気を利かせて言った。
「ええ、お願いできますか。全く初めてのことなので、どんなものなのか見当もつきませんので。」駿河さんは答えた。
「承知しました。それでは事務所に戻ったらすぐに書類を作成します。準備ができましたら、また連絡させて頂きます。」リノはそう言って自分のメモに”納税管理人選任届作成”と記入した。

第12話:出国後に支給した給与の源泉_vol.1

「御社の賞与の支給対象期間はいつですか?」リノは経理課長の篠山さんへ聞いた。
「1~6月の期間に対する賞与はその年の7月、7~12月の期間に対する賞与は翌年1月に支払われますよ。」篠山さんはすぐに答えた。
今日は1月20日。打合せのため、フランス系の通信企業のクライアントのオフィスにお邪魔している。この会社は代表者をはじめ常に何人かの外国人(EXPAT)が赴任している。外国人へ支給する給与については源泉税の問題がついてまわる。
「リュボワさんはこの前まで日本にいらっしゃいましたよね?フランスへ戻られたのですか?」リノは聞いた。
「ええ。リュボワは12月末で急遽フランスへ戻ってしまったのです。昨年赴任してきたばかりで、あと2年はこちらへ入る予定だったのですが、本社の意向で急に帰されたみたいです。まあ、うちの会社じゃよくあることなんですけどね。せっかくこっちの仕事に慣れてきたところだったのに・・・。」篠山さんはあきらめ顔だ。
「そうそう、うち今週末にやっと賞与が出るんですよ。うちの会社は12月じゃなくて1月の支給だから、クリスマスや年末年始のセールで買い物できないのが難点なんですけどね。」篠山さんは急に思い出したようで、嬉しそうな表情になった。
「賞与ですか。いいですね。自営業だと賞与は出ないので寂しいですよ。」リノはそう言った後に、
「ところで、賞与はリュボワさんとかにも出るんですか?」と聞いた。
「ええ。出ると思いますよ。彼もちゃんと日本で働いていましたからね。私どもと同じ日に支給されると思いますが。」
「そのリュボワさんの賞与についてですが、日本で非居住者に対する賞与と言うことで20.42%課税されるのですけど、このあたり認識されていますか?」
「えっ、納税が発生するんですか?だって本人はすでにフランスに帰ってしまっているんですよ。」篠山さんは訳が分からないという顔をした。
「ええ。確かにすでに本国へ帰っているかもしれませんが、今回の賞与の支給対象期間は昨年の7月~12月ですよね。ということはその期間はリュボワさんは日本で働いていたので、支給が今年になったとしてもそれは国内源泉所得になってしまい、日本で源泉する必要があるんですよ。おまけに支給時において非居住者ですから、非居住者に対する賞与の支給と言うことで20.42%の源泉が必要になるということなんです。」
「ふ~む、そうなんですか・・・。出国してもしばらく税金はついてまわりますね。でもよかった、まだ賞与は支給されていないので間に合いそうです。今日お会いしていなかったらすっかり源泉もれするところでしたよ。EXPATの賞与って私たちの賞与と違ってすごい高いから、20.42%の源泉もれだったら大変なことになっていましたよ。すぐに人事総務部へ連絡してリュボワの源泉をとるようにお願いしておきます。」篠山さんはそう言った。

第13話:出国後に支給した給与の源泉_vol.2

ところで、「納税管理人は会社がなっているんですよね?」リノは聞いた。
「ええ。出国までにとても手続きが終わりそうもなかったので、納税管理人の選任だけはしておきました。」篠山さんは答えた。
「それならばよかったです。うっかり納税管理人の選任を忘れていると、本人が出国する時までにすべての税務処理を終わらせないといけないですからね。」リノは安心した。
「納税管理人の選任については、昔、ある担当者が選任の手続きを忘れてひどい目にあったことがあるんです。本人は出国してしまったらあとは知らないって感じなんですけど、残された私どもは残務処理に振り回されてしまって。いちいち書類を海外に送って本人のサインをもらうなんて実務的に難しいですからね。ましてやうちの会社みたいに出張や転勤が多い会社だと、まず本人をつかまえるのは大変ですよ。だから、それ以降はEXPATが出国する前には何が何でも全員から納税管理人の選任をしてもらっています。」篠山さんは以前起こったことを振り返って言った。
「確かに、納税管理人の選任のことは知らないとうっかり届出を出し忘れちゃうんですよね。出国した後に住民税の納税通知書と納付書が送られてきて、あっこれも支払わなくちゃということになるんですよね。本人との契約で諸税金は会社負担のことが多いから、結局グロスアップ計算して納税することになるんですよね。」
「ほんと、そうですよ。しかしまあ、このグロスアップ計算は曲者ですね。本人は手取り100万円という契約であれば、100万円もらってそれでおしまいですけど、住宅手当や社会保険や何やら色んなものが会社負担になっていますからね。割り返すととんでもない給与総額になりますよね。まったく言い身分です。EXPAT一人抱えるだけで大変な経費ですよ。」篠山さんはあきれながら言った。
「そうですね。だからこそEXPAT関係の給与は源泉税の税務調査で問題になるところなんですよね。EXPATが恒常的に勤務していそうな会社に集中して調査に入るなんてこともあるみたいですよ。」リノはそう言った。
「へえ、そうなんですか。普段から注意して処理しておかないとだめですね。」篠山さんは
自分に言い聞かせるように納得してそう言った。

第14話:短期滞在者免税_vol.1

「外国人が日本に来たときに、滞在期間が183日うんぬんだと日本で課税されるとか、されないとか聞いたことがあるんですけど、どんな内容なんですか?」ドイツ系の食品卸会社の経理担当である矢崎さんが聞いてきた。
「どなたか外国人の方がいらっしゃったんですか?」リノは聞き返した。
「ええ。なんかうちって最近社長が外国人に代わってから、しょっちゅう外国人が出たり入ったりするようになって、給与を支払う時にどうしたらいいかよくわかんないことがよくあるんですよ。」矢崎さんはほとほと困っている様子だ。
「今回、問題になっている方はどこの国の人ですか?」
「ドイツ人なんですけど。なんか子会社の担当者向けの研修をするとかいう名目で来たらしいので、少ししかこちらにいないみたいですよ。」
「具体的には、いつこちらに来られて、いつ帰る予定のですか?」
「つい先週末に日本に着いたって言っていました。2~3か月後に帰るみたいですよ。」
「給与はどこが負担するんですか?」リノはさらにつっこんで聞いた。
「短期滞在なのでドイツ本社が支払うと聞きました。日本で働いているのにこっちで課税されなくていいんですか?」矢崎さんは訳が分からないという顔をしている。
「結論から言いますと、この方は日本に滞在している期間が183日以下ですので、日独租税条約により日本で働いた分の給与については、日本では課税されないんですよ。これがもし、租税条約がないと、原則つまり国内法によりますので、日本で働いたことに対してもらう給与は、国内源泉所得に該当することになり、日本で課税されることになってしまうんです。そうなると、この方の場合は3か月弱の滞在になりますので、非居住者ということになって、20.42%課税されることになります。ただ、ドイツ払いなので、源泉徴収することができないので、準確定申告して給与の20.42%納税するという面倒な手続きをすることになってしまうんです。」リノは出来るだけゆっくりと説明した。
「へえ。原則やら何やらあるみたいですけど、要するに租税条約がある場合、183日以下だったら免税と覚えておけばいいんですね。」矢崎さんは自分なりに納得してそう言った。
「簡単に言ったらそうですが、相手国の租税条約によって183日の認識の仕方が異なったり、給与の負担状況とかで短期滞在者免税の規定を受けられないこともあるんですよ。」リノは付け加えた。
「えっ、そうなんですか。う~ん、やっぱりそんな簡単にいかないんですね。」矢崎さんは残念そうだ。
「まあ、今回の場合は免税でいけますけどね。例えば、もし今回のケースで御社が給与の支払いをするとなると免税にならないんですよ。」
「なるほど。要するにいちいち確認しながらやらないとだめだってことですね。」矢崎さんはそう言いながら、リノが作業している部屋から出て行った。

第15話:短期滞在者免税_vol.2

「あっ、そうだ。もう一つだけいいですか?」矢崎さんはバタバタと音を立てながら戻ってきた。
「そうそう、今度イギリス人が短期でこっちへ来るって聞いているんですよ。確か今年の9月初めに来て、来年の3月には戻るらしいんですけどね。この場合はどうなるんですか?7か月の勤務だから課税になってしまうんですかね。」
リノが話を聞く準備ができていないにもかかわらず、矢崎さんは一気にしゃべりだした。
「え~っと、そうですね。イギリス人で、7か月の滞在・・・。」リノは確認しながら自分のメモにタイムテーブルを書いた。
「やはり給与は本社負担ですか?」
「いや。今度はちょっと長めの滞在なので、うちが払うことになりそうですね。」
「だとすると、この方は滞在期間が通算して183日を超えてしまうので、日本で課税されてしまいますね。つまり、御社が給与を支払う時に20.42%の源泉税をとることになります。」
「では、私の解釈であっていたんですね。」矢崎さんは嬉しそうだ。
「ええ、その通りです。では、今回のケースとはちょっと関係ないのですが、もし、これがドイツ人だったらどうなると思いますか?」リノはついでに質問してみた。
「そういう質問が来るということは、免税になるんですか?」矢崎さんはなかなか勘が良い。
「さすがですね!そうなんです。日独租税条約だとその年の滞在期間が183日以下であれば免税と規定していますので、通算して183日超だとしても今年4か月、来年3か月でいずれの年も183日以下であれば免税になるんです。日英租税条約だと通算の滞在期間で判定することになるんですけどね。」リノは説明した。
「なるほど~。色々と深いですね。」矢崎さんは感心している。
「そうですね。前回はこうだったから、今回もこれでいこうと言って処理してしまうと、間違えてしまうことがありますね。」リノはそういいながら、出されたお茶に手を伸ばした。

第16話:国境を越えた電気通信利用役務提供に係る消費税_vol.1

「毎日暑いですね。今日も35度越えらしいですよ。」そう言いながら川北さんが会議室のドアを開けて入ってきた。今日は月次のBook reviewのため、朝からUS系のソフトウェア会社に来ている。
「早速いいですか?」川北さんはそう言いながら続ける。
「そういえば、最近知ったのですが、数年前からUS本社が日本のエンドユーザー向けにソフトウェアの直販をしていたらしいんです。これって何か影響ありますか?クロスボーダーの役務提供は消費税がかかるとか何とか聞いたような気がしたので・・・。」
「御社はこの取引に関係しているのですか?」リノはすぐに質問した。
「いいえ、うちは日本の子会社ですが、この取引はあくまでもUS本社の事業なので、全く関与していません。USサイドでいくら売り上げているかも全くわからないんですよ。そのため、こっちには何の情報も入ってこないですね。USの通販サイトを見るとダウンロード販売しているみたいなんですけど。」川北さんはすぐに答えた。
「そうするとエンドユーザーが直接USの通販サイトからソフトウェアをダウンロードしてUSへ代金を支払うという取引なんですね。通販サイトは英語なのですか?」リノは確認した。
「通販サイトは英語と日本語があります。US側で日本語サイトも作成しています。いずれにしても我々は全く関与していないので、うちは関係ないですよね。」川北さんは確認した。
「確かに御社が何の関与もしていないのであれば、御社としては何も処理する必要はありませんね。」リノは続ける。「ただ、US側としては日本で申告する必要があるかもしれません。因みに直販の売上は年間どのくらいありますか?」とリノは聞いた。
「こちらに詳しい情報は入ってこないのですが、USの同僚がこの前ちらっと直販売上が絶好調らしく、インセンティブを多くもらえるかもという話をしていましたね。その時、ここ数年は年間売上が2,000万円ぐらいで毎年30%増とかなんとか言っていたような気がします。」川北さんは思い出すように言った。
「なるほど。今回の直販取引は、消費者向けの「国境を越えた電気通信利用役務提供取引」と言って、消費税は課税取引になります。結論から言うとUS本社は日本の税務署へ消費税の申告をする必要がありますね。」リノは言った。
「えっ、そうなんですか。US本社は今まで日本で申告したことなんてないですよ。どうやって申告するのですか?」川北さんは慌てた。
「US本社は日本に事業所がありませんから、納税管理人を立てて消費税の申告書を提出することになるんですよ。」リノは説明を続ける。「日本のエンドユーザーから入金された取引が課税取引になりますので、売上に係る消費税を申告する必要があるということになります。もちろん、課税仕入れがあれば控除できますが、おそらく原価関係は国外取引なので、不課税になるかと思いますので、実質的には売上に係る消費税を納税することになるかと思います。」リノはできるだけわかりやすく説明した。
「う~ん、だいぶ複雑ですね。本社はわかっているのかな~。今のところ納税管理人になってくれとかいう話は聞いたことないんですけど。本社サイドとしても、うちにこの直販取引については口を出してほしくないようなので、うちとしても触れないようにしているんです。」川北さんは不安そうに言った。
「まあ、御社が必ず納税管理人にならなければいけないことはありませんから、本社の方でどなたか納税管理人を選任すればいいと思いますよ。」リノは続ける。
「いずれにしても本社が日本で申告するには、まず税務署に自分はこれから日本で申告しますという申請書を提出する必要がありますね。以前は「登録国外事業者の登録申請書」というものを提出していたのですが、2023年10月1日以降に導入されるインボイス方式に伴って、今後は「適格請求書発行事業者の登録申請書(国外事業者用)」という申請書に代わりました。すでに本社が直販をしていて、「登録国外事業者の登録申請書」を提出して日本で申告しているのであれば、今回改めて「適格請求書発行事業者の登録申請書(国外事業者用)」を提出する必要はありません。一方、まだ登録申請書を提出していないのであれば、すぐに手続きした方がいいですね。因みに「適格請求書発行事業者の登録申請書(国外事業者用)」の提出は、2021年10月1日に解禁されていますので、今からすぐに提出できますよ。」
「わかりました。私の方から本社に伝えてもいいんですが、たぶん先生の方から直接言って頂いた方がいいと思うんです。色々細かい話をするのにうまく伝わらないと本社の方でも混乱すると思いますので・・・。」川北さんはリノにお願いした。
「わかりました。それでは事務所に戻ったらメールで本社のCFOに説明します。川北さんにもCCに入れますね。」リノはそう答えながら、「消費税は年々厄介になってきますよね。私どもも毎年改正点をおさえるのに大変なんです。」と言ってすっかり冷めてしまったコーヒーをすすった。

第17話:国境を越えた電気通信利用役務提供に係る消費税_vol.2

「ところで、先ほどの話と関係あるかどうかわからないのですが、うちからUS本社へ毎月クラウド利用料を支払っているのですが、これも消費税は影響しますか?」
今日、リノはUS系のソフトウェア企業に月次のBook reviewに来ている。午前中に消費者向けの「国境を越えた電気通信利用役務提供取引」に係る消費税の取扱いについて、管理部マネージャーの川北さんへ詳しく説明したばかりだ。川北さんは非常に勉強熱心で常にインターネットなどで税制改正等の情報を仕入れて自分なりに勉強している。

「結論から申し上げると、御社の場合、US本社へ支払うクラウド利用料は消費税の課税対象取引ですが、何も処理する必要はありません。」とリノは言った。
「えっ、ごめんなさい。ちょっとよくわからないです・・・。」川北さんは困惑した表情をした。
「そうですよね、わかりにくいのでちゃんと説明しますね。」リノは続ける。
「US本社から請求されるクラウド利用料ですが、このシステムはグローバルでつながっていますので、消費税法上、「国境を越えた電気通信利用役務提供」に該当することになり、消費税の課税取引になります。すなわち、毎月本社へ支払っている500ドルは課税対象ということになります。」
「あの~、ということは消費税を上乗せした550ドルを支払わなくてはいけないということになりますか?現時点では500ドルしか支払っていませんが・・・。」川北さんは口をはさんだ。
「ちょっとややこしい話になってしまうのですが、クロスボーダーの役務提供に係る消費税の取り扱いを考えるときに、事業者向けの取引なのか、消費者向けの取引なのか分けて考えることになります。今回の取引の場合、御社とUS本社の間での取引ですので、事業者向けの取引ということになり、「リバースチャージ方式」で課税されることになります。「リバースチャージ方式」は、本社が日本の税務署に申告するのではなく、御社が本社の代わりに申告することになるんです。つまり、御社は自分の消費税の他に本社から預かった消費税を合算して申告することになるのですが、課税売上割合が95%以上の事業者については、当分の間この取引がなかったものとされますので、結果として御社は従来どおり自分の消費税だけ申告して、本社分の取引については何もしなくていいことになっているんです。なんとなくご理解いただけましたでしょうか?」リノは川北さんに聞いてみた。
「なんとなくわかったようなわからないような・・・。」川北さんはまだしっくりきていないようだ。
「御社の場合、課税売上割合が95%以上ですので、課税仕入は全額控除されますよね。すなわち、本社分の課税売上に係る消費税と御社分の課税仕入に係る消費税が同額になりますので、結果として効果が相殺されることになり、消費税の申告に影響しないことになります。もし、御社が医療業とか不動産業とかで、課税売上割合が95%未満の事業者だったら、課税仕入について課税売上割合に応じた分しか税額控除をとれませんので、「リバースチャージ方式」の影響をもろに受けることになります。」リノは詳しく説明した。
「なるほど。少しわかったような気がします。いずれにしてもUS本社への支払いは従来どおりで、消費税の申告には影響しないという理解でいいですよね。」川北さんは自分自身納得するように何度もうなずいた。

第18話:デジタル課税_vol1

今日、リノは月次のBook reviewのため、アメリカ系の産業機器の輸入販売を行っているClientの会議室に訪問している。
「最近、ニュースや新聞でデジタル課税のことが取り上げられているのですが、うちにも関係してくる話なんでしょうか?」と佐々木さんはコーヒーをテーブルに置きながらリノへ話しかけてきた。
「確かに。折に触れてデジタル課税のことがメディアで取り上げられてますね。現在大枠が決まった段階ですので、詳細は段階的に決まっていくのかと思います。」リノは軽くお礼を言って、早速出されたコーヒーカップを手にしながら続ける。
「これだけ経済がグローバル化して、さらにデジタル取引が増えてくると、いわゆる「PEなければ課税なし」という国際課税のルールの枠組みだと、ローカルで沢山稼いでいるにもかかわらず、子会社や支店などの固定的施設がないことを良いことにローカルに課税権がないのは、おかしいんじゃないかというところからデジタル課税の枠組みができてきたのですよね。」
「いわゆるGAFAとかが過度な節税目的に軽課税国を使ったストラクチャーを使って世界中で税金を払っていないことが起因しているんですよね。」佐々木さんはベテランの外資系企業の経理担当者らしく、普段から経済情勢についての反応が早い。
「おっしゃるとおりですね。デジタル課税は大きく2つ柱があるのですが、まず、第一の柱として、支店や子会社などの物理的な拠点がない市場国にも課税権を認めて利益を配分しようというルールがあります。」リノは続ける。
「このルールが対象となるのは、全世界の売上が200億ユーロ超(日本円だと1ユーロ130円として2.6兆円ぐらいでしょうか)で、かつ利益率が10%超の多国籍グループなのですが、御社のグループ売上は2.6兆円を超えますかね?御社はBEPSの最終親会社等届出事項やマスターファイルを提出していますので、グループの総収入金額が1,000億円を超えているのはわかっていますが。2.6兆円となると相当な規模ですよね。」
「そうですね・・・。確か前回本社に聞いたときに、グループ売上は3,000億円ぐらいだった気がします。そうなるとうちは関係ないですかね。」佐々木さんは少し安心した表情をした。
「なるほど。それでしたら、第一の柱の適用はなさそうですね。良かったです。因みにもし、対象企業だとしたら、ローカルで100万ユーロ(日本円だと1億3,000万円ぐらいですが)以上の収入があると、そのローカルに課税権が認められるようです。その場合、多国籍企業の売上の10%を超える部分(超過利益)の25%相当額をローカルの収入に応じて配分されると決まっています。」リノは頭の中で整理しながら説明した。
「因みに現在は全世界の売上が200億ユーロ超の多国籍企業が対象となっているので、非常に限られた大企業が対象となりますが、2030年には100億ユーロ超に基準が引き下がることになっていますので、その時には対象となる企業が増えるのでしょうね。この規定は2022年中に多国間条約が署名され、2023年から実施予定になっていますので、継続注視する必要がありそうですね。」リノは一息つきながら佐々木さんが入れてくれたコーヒーに口をつけた。

第19話:デジタル課税_vol2

「実は第一の柱にはもう一つあって、支店や子会社などの物理的な拠点がある場合の販売活動について、利益算出方法を一定の方法に決めることも検討されているんです。」リノは続ける。
「例えば外資系企業が日本に販売子会社を設立して、その子会社では主に基礎的なマーケティングや販売活動を行っているとします。従来、この販売子会社の利益について納税者と当局の間で揉めることが多いため、デジタル課税の枠組みの中で、基礎的なマーケティングや販売活動による利益は「収益のXX%」などの形で客観的に決めようという動きがあります。」
「それってコストプラスが認められなくなってコミッション制度に代わるということですか?」佐々木さんの突込みは鋭い。
「現行では子会社の活動がいわゆる低付加価値業務であればコストプラス5%が認められるということになっていますよね。それより一歩進んだ活動であれば、サービス業として取引単位営業利益法(TNMM)に基づく妥当な利益率を落としていくことが必要になります。親子会社間のコミッショネアについては、先のBEPSルールに基づきPEに該当することになりますので、やはりこちらも取引単位営業利益法に基づいてBuy-sellと同様の利益率を落としてくださいという方向性です。今回のデジタル課税は、おそらくこれらとは別の枠組みとして基礎的なマーケティングや販売活動に対する取引単位営業利益法の適用を簡便化するものと考えられています。対象企業等については具体的に2022年末までに検討される内容ですので、引き続き注視した方が良いですね。」リノは理解しやすいようにゆっくり話した。
「なんだか難しいですね・・・。いずれにしてもこの取り決めによって、今までのストラクチャーを見直す必要が出てくる可能性もあるということですよね・・・。ただ、国際課税問題は益々複雑になっていくということだけはわかりました。」佐々木さんは自分の中で納得するように言って、少し考える仕草をした。

第20話:デジタル課税_vol3

お昼休憩から戻ったリノが一息ついていると、佐々木さんが紅茶を運んできた。
「ところでデジタル課税の2つ目の柱って何ですか?」佐々木さんは興味津々で先を促す。
リノは出された紅茶を横目に話し始めた。
「第二の柱は軽課税国へ利益が移転するのを防止するためのルールで、全世界共通の認識として最低税率を15%に定めるものです。そもそもこのルールは、例えば特許権などの知的財産権をタックスヘイブン等の低税率国に所在する子会社に人為的に移転させて課税逃れしている事象に対処するために決められたものです。」
「それって多国籍企業が無形資産をアイルランドとかに集約しているパターンですよね。」佐々木さんが口をはさむ。
「そのとおりです。」リノは続ける。
「このルールは連結売上高が7億5,000万ユーロ(日本円だと1,000億円になりますが)以上の多国籍企業に適用されるのですが、実効税率が15%以下の子会社の所得を最終親会社に合算し、15%まで追加課税を行う制度になります。因みに実効税率は国ごとに算定することになります。」
「なるほど・・・。かなり厳しいルールですね。でも、もし進出先の子会社でちゃんと事業を行っている場合で、たまたま進出先の国の実効税率が15%以下だったら、ペーパーカンパニーじゃなくても課税されてしまうのですか。」佐々木さんは頭の回転が速く間髪入れずに質問してくる。
「もうお気づきかと思いますが、この所得合算ルールは、タックスヘイブン税制と類似しています。ただ、この所得合算ルールはタックスヘイブン税制のように適用除外要件が設けているわけではないので、あくまでも実効税率で判定されることになります。ただ、企業が実体のある事業を行っている場合、実際に上乗せの課税額を計算する際に、有形固定資産の償却費や人件費の一定額が控除されますので、多少は配慮されているみたいですよ。」リノが答えると、佐々木さんは頷きながら「そうですよね~。ペーパーカンパニーと事業会社を一緒くたにするのは解せないですよね。」と言った。リノは続ける。
「タックスヘイブン税制が自国の法人税率まで課税されるのに対して、この所得合算ルールは15%まで課税される点が異なります。いずれにしてもこの所得合算ルールは、最終親会社の所在地国でこのルールを導入することが前提になります。言い換えると導入されていない国だと適用することができませんので、支払国において損金算入を否認する又は源泉税を課すなどの代替ルールが適用になりますが、日本は所得合算ルールを適用すると思われますので、代替ルールについてはあまり気にしなくて良いかと思います。」リノは補足した。
「制度の概要はなんとなくわかりました。うちは本社がUSの日本子会社なので、日本の実効税率は15%を優に超えていますから、本社として所得合算ルールについては気にしなくてよさそうですね。」佐々木さんは確認するように聞いてきた。
「そうですね。日本の実効税率は約34%で世界でも高い方ですからその点は問題なさそうです。」リノはそう言いながらフルーツと花の香りがいっぱいの紅茶をいただいた。

第21話:デジタル課税_vol4

「ところで、第二の柱には先ほどお話しした所得合算ルールに加えて、多国籍企業グループ内のクロスボーダーで行われる貸付金利子やロイヤリティなどについて、支払い側で課税できる租税条約の特典否認ルールもあるんです。」とリノが説明し始めると、佐々木さんは急に何を言っているのかわからないといった顔をした。
「すみません。もう少しわかりやすくお話しします。」リノは続ける。
「例えばグループ内で支払われた利子について、受取側の国で5%の税率(これは実効税率ではなく表面税率です)が課税される場合、全世界で一律に決められたトリガー税率(最低税率)の9%との差額について、支払い側の源泉地国で上乗せ課税することができるというルールです。」リノが説明すると、
「えっ、もし租税条約で免税だったらどうなるのですか。条約はなによりも優先されるのですよね。あと、最低税率は15%ではないのですか?」佐々木さんは鋭く質問してきた。
「佐々木さんがおっしゃっている最低税率15%とは、先ほど説明させて頂いた、もう一つの第二の柱の所得合算ルール上の実行税率です。租税条約の特典否認ルール上の最低税率は表面税率9%ですので、区別して考えた方が良いですね。先ほどの例だと受取側の国の税率が5%ですので、租税条約で源泉地国の課税権がゼロであったとしても、9%との差額4%分は源泉地国で課税できるというルールですので、もしこれを導入するには受取側の国と源泉地国の間の租税条約を改正する必要があるのでしょうね。」リノは補足した。
「なるほど。よくわかりました。色々とありがとうございました。」佐々木さんは席を立ちながら、「やだ、もうこんな時間だわ。すみません長々と・・・。」そう言って会議室を後にした。

第22話:デジタル課税_vol5

リノは今月のBook reviewが完了したので、Wrap-upミーティングのため、佐々木さんに会議室へ来てもらうように依頼した。
ややあって佐々木さんがPCを抱えて入ってきた。
「先ほどはデジタル課税について、色々と説明してくださりありがとうございました。今日のWrap-upに入る前に少しだけデジタル課税の続きを話してもいいですか。」と佐々木さんは前置きして、
「なんだか一言でデジタル課税と言っても、ルールが多岐に渡っているのでわかりにくいですね。デジタル課税が我々事業会社へ与える影響をまとめるとどんな感じになりますか。」と聞いてきた。
「なかなかハードなリクエストですね。」リノはそう言いながら続ける。
「第一の柱では適用対象が、売上高200億ユーロ超で利益率10%超の多国籍企業グループ(資源関連や金融業を除く)のため、世界全体で100社程度に絞られると見込まれていますので、ほとんどの企業は対象外ということになると思います。仮に対象になったとしてもローカルへ配分される利益に上限が課されますので、ローカルでの課税額は一定限度に抑えられると考えてよいと思います。いずれにしても、第一の柱では税源の一部を多国籍企業の所在地国からローカルの市場国へ移転させるものですので、世界全体で税収を増加させるものではないと言えます。
また、第一の柱のもう一つの要素である、支店や子会社などの物理的な拠点がある場合の販売活動について利益算出方法を一定の方法に決めることについてですが、これはローカルに配分される利益の水準が高ければ税額が増加する可能性はあるかと思います。」リノはここで一息ついて、佐々木さんの反応を見た。佐々木さんは一言も聞き漏らさないように集中しているようなので、リノは続けた。
「次に第二の柱ですが、これは従前タックスヘイブンに所在する子会社への利益移転によって課税逃れしていた事象について網をかけたものですので、実質的な増税と考えてよいかと思います。ただ、タックスヘイブンに設立した子会社への利益移転による課税逃れの場合に限らず、進出先の国で実態のある事業を行っていて優遇税制を適用された場合も、一定の控除はあるものの上乗せ課税の対象となることは留意する必要があると思います。
外資系企業の日本子会社側として当面留意した方が良い論点としては、第一の柱の2番目の項目、「物理的な拠点がある場合の販売活動について利益算出方法を一定の方法に決める」という内容と、第二の柱の2番目の項目、「利子や使用料の支払先の国の法人税率(表面税率)が9%以下の場合」の2項目かと思いますが、いずれにしても今後決定される内容も多いので、また動きがあったらお知らせします。」リノは一通りの説明を終えた。
「なるほど。まとめて頂いてありがとうございました。おかげで全体像は理解できました。」佐々木さんはそう言って、「では早速Book Reviewのフィードバックに入りましょう。」と続けた。リノは少し休憩をとりたいなと思いながら、鞄からペットボトルの水を取り出して半分ぐらい一気に飲み干した。

第23話:税関調査の影響_vol.1

最近、リノは税関調査について相談を受けることが多い。リノの事務所のClientの多くは本社から商品を輸入し、日本国内の顧客向けに販売している企業だが、ほとんどのClientは商品輸入時の通関業務について、フォワーダー(乙仲)へ委託している。そのため、Client側で通関業務の詳細な手続きを把握していることは少ない。物流担当者であれば通関の流れを含めてサプライチェーンをある程度把握しているものの、経理担当者はフォワーダーから上がってきた請求書を確認するにとどまるので、実際の税関調査がどのように行われるかも知らないケースが多い。
「おはようございます。実は来月から税関の事後調査が入る旨の連絡を受けたのですが、初めてのことなのでどうやって対応するべきかわからず、不安なんですよね・・・。」リノがBook review時に通される会議室に入ると、間もなく会議室に入ってきた三枝さんが開口一番に話し出した。
「そうなんですね。。。実は最近うちの複数のお客様のところにも税関調査が入ったところです。これがたまたまなのか、コロナが終息に向かっているから調査が増えているのかわかりませんけど・・・。」リノは答える。
「えっ、そうなんですか。じゃあうちだけじゃないんですね。それなら少し安心です。と言っても何とか対応しなくてはならないので、不安は不安なんですけどね。先生の方で対応して頂くことは可能ですか。」三枝さんが聞いてきた。
「基本的には通関時の書類の確認になりますので、御社の方でご対応頂くのがスムーズかと思いますが、ご要望があれば調査官が質問してきた場合などの対応はしますよ。」リノはすぐに答えた。
「ありがとうございます。何かあればすぐに連絡しますので、その際はよろしくお願いします。因みに税関の調査の結果、何か追加で支払うことがあった場合、どんな感じで処理することになるのですか。」
「税関の調査は、通関時の輸入貨物の課税価格が正しかったかどうかがチェックされます。仮に課税価格が低い場合、正しい課税価格に修正して申告することになりますが、通関手続きは通常フォワーダー経由で行っていますので、修正申告もフォワーダー経由で提出することになります。」リノは続ける。
「もし、課税価格が増加したことに伴い、輸入消費税を追加納付した場合は、税関への修正申告後、消費税の更正の請求書を提出して消費税の還付申請をすることになります。」
「あれ?税関へ支払ってその後、還付申請ってどういうことですか?」三枝さんは不可解な表情をした。
「税関へは正しい課税価格をもとに修正申告、追加納付をする一方、消費税法上は支払った輸入消費税は税額控除の対象となりますので、還付請求することになります。」リノはわかりやすく説明した。
「追加納付した分は、今期の仕入税額控除に含めてしまっていいんじゃないですか。」三枝さんが口をはさむ。
「本当はそのようにできれば簡単なのですが、追加納付が生じた事業年度分として処理する必要がありますので、結果として過年度分の更正の請求という形をとることになります。」リノは申し訳なさそうに言った。
「一回払って取り戻すのであれば、当局側で処理してほしいというのが納税者としての心理かと思いますが、当局の縦割り行政の影響かと思いますが、税関は税関、消費税は消費税となってしまっているようです。」
「なるほど。確かに処理が大変ですね。でも払った輸入消費税は確実に戻してもらわないと困りますしね。」三枝さんは相槌をうちながら自分自身を納得させているようだった。

第24話:税関調査の影響_vol.2

「今回の税関事後調査で、うちにとって何かリスクはありますか?」三枝さんは不安そうに聞いてきた。
「そうですね・・・。」リノはそう言ってClientの取り扱っている商品を思い出しながら、
「因みに通関業務は三枝さんの方で行っているのですか?」と尋ねた。
「いや、物流担当の山下がおりますので、基本的には山下がやっています。輸入消費税など実際に費用が生じる書類は経理に回ってきますが。」三枝さんは続ける。
「事後調査の時は山下も同席した方が良いのでしょうか?」
「事前に当局から要求された書類を準備しておけば、物流担当の方が調査時にずっと立ち会う必要はないかと思います。ただ事前に通関のフローなどは社内で確認しておいた方が良いですね。」とリノは答えた。
「ところで、御社のインコタームズはCIFですか?それともFOBですか?」とリノは質問した。
「えぇっと・・・確かCIFだった気がします。」と三枝さん。
「そうなると、日本の港についてからの費用を御社が負担しているという理解でいいのですよね。」とリノは確認した。
「そうだと思います。」三枝さんは答えた。
「だとすると、本社から後付けでFreightとか請求されることはないということでしょうか。」リノはさらに聞いた。
「ええ。基本的にはないですが・・・。あれっ?でも以前に本社からFreightを立て替えたから支払ってくれと言われてInvoiceが発行されたことがあったと思いますが何かまずかったですか?」三枝さんは慌てた表情をした。
「それって輸入貨物に係るFreightですか?」リノは聞いた。
「もしそのFreightが輸入貨物に係るものだと通関価格に含めて申告する必要がありますね。」とリノは説明した。
「なるほど、そうなんですね。確か金額にして700ユーロぐらいだったかな。本社からFreightをチャージされてくることはほとんどないんですけど、忘れたころたまにあるんですよね。」三枝さんは思い出すように言った。
「すごく厳密に言うと、どの輸入許可書に係るものかを調査して税関へ修正申告することになるのですが・・・金額がそこまで大きくなくて良かったです。」リノは言った。
「私の方でも山下さんへどの輸入許可書の分のFreightか、ちょっと確認してみます。」三枝さんはそう言って席を立ちあがった。

第25話:税関調査の影響_vol.3

「そう言えば、年末に本社から価格調整金の請求書が来るのですが、これはどうなるのでしょうか?」三枝さんが急に思い出したように聞いてきた。
「価格調整金ですね・・・なるほど。」リノはそう前置きして、
「その価格調整金はどうやって計算されるのでしょうか。毎年調整金が入るのですか?」と聞いた。
「先生もご存じかもしれませんが、うちって本社の方で毎年適正な利益率を計算していますよね。」
「ええ、少し前にお送りいただいたベンチマークデータですよね。」リノは答える。
「そうです。詳しいことはよくわからないのですが、おそらくそこで算出した利益率になるように調整したものだと思います。」三枝さんは答えた。
「丁度、本社から送られてきたローカルファイルをお持ちしましたので・・・。」三枝さんはそう言いながらリノに資料を渡した。リノはしばらくページをめくりながら一通り目を通す。
「なるほど・・・。確かに御社は取引単位営業利益法(TNMM)に基づいて比較対象会社から適正な利益レンジを算出していますね。御社の場合、利益水準指標は営業利益率を採用しているみたいですね。」リノは続ける。
「資料をざっと拝見したところ、御社の営業利益率がレンジを外れた場合にレンジ内に収めるための調整として価格調整金を入れると記載されていますね。」
「そうです、そうです。」三枝さんは何度もうなずいた。
「その価格調整金は仕入をプラスする方向に入ることが多いですか?それともマイナス方向でCredit noteが発行されることが多いですか?」リノは聞いた。
「どっちともあり得ますね。仕入の追加計上もあればCredit noteでマイナスになることもあります。」三枝さんはすぐに答えた。
「その時に税関に対して何か手続きをしていますか?」リノはすかさず聞いた。
「いや、何もしていないですけど、それって何か問題ありますか?」三枝さんは不安そうな表情を浮かべた。
「そうなんですね・・・。」リノは少し間を取った後、話を続ける。
「輸入貨物の評価規定の中に輸入貨物に直接関連がある価格調整金は通関価格に含めなさいというものがあります。まさに今回の価格調整金はこれに該当すると思いますので、仕入れをプラスする方向で入った場合、修正申告が必要になりますね。」
「なるほど・・・。では、もし反対にCredit noteが入ったらどうするのですか。還付請求になるのですかね。」三枝さんはすかさず聞いてきた。
「本来であれば還付請求となるのでしょうが、手続きに時間がかかることを考えると、実務的には還付請求している会社は少ないように見受けられます。確かに税関に多めに払っているのでしょうが、その分輸入消費税が多くなり、結果として消費税の税額控除が多くとれますので、税関上のリスクを軽減し、かつCash flowが許すのであれば、期中の仕入れ価格を高めに設定しておいて、仕入れのマイナス方向に価格調整金が入る状態にしておけば、会社としてのリスクは軽減できるのかなという気がします。」リノはわかりやすく丁寧に説明した。
「ややこしいですね・・・。でも、なんとなくわかったような気がします。」三枝さんはそう言いながら天井を仰いでほっと一息ついた。
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